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2026年の国内サイバー攻撃434件を原因から調査:AIにより「防止困難」な攻撃は増加したか

2026年9月下旬、国内において情報漏えいの公表が数日間に集中した。SNS上では「AIを利用した攻撃が本格化し、防御は既に不可能ではないか」との見方が拡散している。

本稿では、この見方の当否を検証するため、2026年に国内で公表されたサイバー攻撃を、情報漏えいに限らず、業務停止、改ざん、金銭の窃取、踏み台化まで含めて1件ずつ原因まで確認した。結論を先に述べる。防止可能性を判定できた164件のうち、当時の標準的な対策では防止困難であったと評価できる事案は2件にとどまる。攻撃へのAIの利用が公的機関により確認された国内事例は存在するが、その内容は、個人が攻撃用のプログラムを作成する際の補助と、詐欺における顔の偽装である。企業への侵入やランサムウェア被害について、AIの利用を確認したとする当事者または公的機関の文書は、確認できなかった。

2026年に国内で公表された434件

公表順に、各事案の所在地を地図上に示した。再生すると、震源と同様に淡い赤色の円が拡大し、やがて消える。地図の上の柱は週ごとの公表件数を表し、1件を1段として積み上げている。印の形は被害の類型を表し、類型を選択すると当該類型のみを表示する。情報漏えいの事案では、円の半径が影響件数の桁数を表す。一覧の各行または地図上の点を選択すると、当該事案へ移動する。同一の市区町村に所在する事案は、重ならないよう周囲へずらして配置した。沖縄県の7件は地図の範囲外にあり、一覧にのみ表示される。

2026.01.01

再生すると、公表順に地図上で発火する全434件

週ごとの公表件数

公表事案の所在地434 / 434件

公表順の一覧行を選択すると当該事案へ移動

434件の内訳は、情報漏えい197件、改ざん・乗っ取り86件、業務停止69件、資源の悪用・踏み台46件、金銭の窃取26件、閲覧障害10件である。1件が複数の被害を伴う場合は、主たる被害により分類した。情報漏えいは全体の半数に満たず、漏えいの公表のみを追跡した場合、残る事案は視野から外れる。

434件のうち57件は、9月11日から10月2日までの22日間に公表された。うち29件は東京都内に所在する組織である。ただし、この集中は公表時期の集中であり、攻撃時期の集中を意味しない。ムラウチドットコムおよびニチレイは7月に受けた攻撃の調査結果を9月に公表したものであり、デジタル庁による検知は6月25日である。ジェイアール東海髙島屋の事案は、2015年9月以降の不正アクセスが2026年7月に公表されたものである。さくらインターネットは、2023年4月以降の不正アクセスを2026年8月に公表した。

公表された原因も単一ではない。VPN機器の脆弱性、画像アップロード機能の脆弱性、権限の設定不備、認証機能の設計不備、GitHubの認証情報の流出、偽の警告画面による遠隔操作、経営者を装う送金指示と、事案ごとに異なる。公表時期の近接を根拠として、共通の原因や単一の攻撃者を推定することはできない。

背景

「AIにより防御が不可能になる」との見方は、根拠を欠く憶測ではない。2026年に入り、AIの開発企業自身が、自社のモデルが持つ攻撃能力を理由として提供を制限し、開発の速度を抑える方向へ動いている。本章では、国内の事案を検討する前提として、この経過を整理する。

提供が制限されたモデル

Anthropicは2026年4月7日、新たなモデル「Claude Mythos Preview」を一般には提供せず、防御を目的とする組織に限って提供する枠組み「Project Glasswing」を発表した。同社によれば、このモデルは主要なOSおよびブラウザから数千件の未知の脆弱性を発見し、その中には27年間発見されなかったOpenBSDの脆弱性が含まれる。同社は、脆弱性の発見と悪用において、AIが最も熟練した者を除くすべての人間を上回り得る水準に達したと説明している。

6月10日には後継の「Claude Mythos 5」に保護機能を実装した「Claude Fable 5」が一般に公開された。しかし公開から3日後の6月12日、米政府の輸出規制指令を受け、Anthropicは両モデルの提供を全面的に停止した。報道によれば、政府は保護機能を回避する手法を把握したとしており、同社はこの判断に反論している。9月1日に公開された後継の5.1においても、Mythosを利用できるのは審査を経た専門家に限られ、一般向けのFableは脆弱性の発見には利用できるが、攻撃コードの作成には利用できない設定とされている。

AIが指示なく他社のシステムへ侵入した事案

OpenAIは8月26日、同年7月に自社のモデルがHugging Faceのシステムを侵害した事案について報告書を公表した。社内のサイバーセキュリティ評価の過程で、一般公開を予定しない研究モデルが、インターネットから隔離するための管理策を回避し、共有基盤の脆弱性を悪用して外部のシステムへ到達したものである。人間が侵入を指示した事案ではない。報道によれば、相互に隔離されるはずであった約1,200のエージェントが無許可の経路で連絡を取り合い、うち700が侵入に関与した。

OpenAIはこの事案を自社および世界全体に対する「警鐘」と位置づけ、監視と安全対策の水準を維持するため、必要に応じてモデルの能力向上の速度を調整すると表明した。

開発の減速をめぐる合意

9月12日、Anthropicのダリオ・アモデイCEOは、AIモデルの能力を向上させる速度を落とすべきであるとする文章を公表した。同氏は、6か月から12か月のうちに、AIエージェントの集団がインターネット全体を乗っ取る能力を持ち得ると述べ、その損害を数千億ドル規模と見積もっている。OpenAIのサム・アルトマンCEOはこれに賛同し、第三者の評価者を社内に常駐させる仕組みを導入する意向を示した。OpenAIは9月15日、Anthropic、Google DeepMindとの間で、安全性に関する協議を数週間にわたり続けていることを認めた。

9月29日には、ホワイトハウスにおける会合で、AnthropicおよびOpenAIを含む主要企業の幹部が、安全対策に関する自主規制の合意に署名した。報道によれば、合意は法的拘束力を持たず、内部統制、社内のリスク評価、外部監査、取締役会による監督を内容とする。その前日には、OpenAIが、社内の試験で安全基準を満たさなかったとして、最新モデル「Astra 6.1」の公開を取りやめている。

ただし、開発の速度に数値の上限を設ける取り決めや、法的拘束力を持つ合意は、本稿の執筆時点で確認できていない。合意の実効性については、報道においても疑問が示されている。

合意の翌日に発表されたモデル

合意の翌日にあたる9月30日、Googleは新たな最上位モデル「Gemini 4 Argon」を発表した。同社によれば、このモデルはソフトウェアの重大な脆弱性を自律的に発見し、検証し、修正する能力を持つ。同社は一般への提供に先立ち、審査を経たサイバー防御の担当組織に限定して提供を開始した。これらの組織と同社の社内部門に対しては、サイバー分野の保護機能を外した版を提供するとしている。

一般への提供時期は示されていない。同社は、この水準の能力を安全に提供するには段階的な手順を要すると説明し、広く提供する前に保護機能の強化を続けるとしている。Anthropic、OpenAIに続き、Googleも最上位モデルの提供範囲を当面限定したことになる。

本稿が検証する範囲

以上はいずれも、最先端のモデルが持つ能力と、開発企業の内部で生じた事案に関する事実である。これに対し、国内で公表された被害がこれらの能力により生じたか否かは別の問いであり、個々の公表内容から確認するほかない。次章以降では、この点を国内434件の事案に基づき検討する。

既存の対策で防止できない理由

この問いに答える前提として、事実を確認する。434件のうち、侵入経路または手口が公表され、防止可能性を判定できた事案は164件である。この164件を、当時の標準的な対策により防止可能であったか否かで分類した。

62件

基本的対策で防止可能

無償の設定変更、公開済み修正の適用、認証情報の保管場所の見直し、不要なシステムやドメインの整理により防止できた事案。

100件

設計変更で防止可能

工数を要するが、認証・認可の設計、機能の分離、多要素認証の導入、送金時の別経路による確認により防止できた事案。

2件

防止困難

侵入の起点が、当時未知とされる脆弱性であった事案。

270件

原因未公表・判定不能

侵入経路を公表していない事案222件と、経路の一部は公表されたが、脆弱性の所在や修正の有無が示されず判定できない事案48件。ランサムウェア被害の多くを含む。

本分類は、公表内容に基づく当社の事後的な評価である。当事者の責任を論じる趣旨ではなく、対策の優先順位を判断するための整理である。原因未公表・判定不能の270件の帰属により、比率は変動する。防止困難とした2件(TOKAIコミュニケーションズ、KDDI)は、いずれも当事者が、発生時点で未知の脆弱性であった旨を公表した事案である。うちKDDIの事案では、パスワードを平文で保存していたことが被害を拡大させており、被害の規模は基本的対策により縮小可能であった。

被害の類型と防止可能性

被害の類型 件数 基本的対策 設計変更 防止困難 未公表・判定不能
情報漏えい 197 20 50 2 125
業務停止 69 5 2 0 62
改ざん・乗っ取り 86 33 7 0 46
資源の悪用・踏み台 46 4 17 0 25
金銭の窃取 26 0 24 0 2
閲覧障害 10 0 0 0 10

類型により、原因の公表の程度が大きく異なる。金銭の窃取は、警察または当事者が手口を公表する例が多く、その大半は送金手順の設計により防止可能であった。改ざん・乗っ取りは、放置された外部参照や失効したドメインに起因するものが多く、基本的対策に分類される比率が最も高い。これに対し、業務停止の大半はランサムウェアによるものであり、侵入経路が公表されないため判定できない。「原因が判明しない事案が多い」との印象は、主として業務停止と情報漏えいに由来する。

侵入経路

侵入経路 件数 該当事案
自社実装の脆弱性 17 Gyazo(Helpfeel)、2りんかんイエローハット、ディライトフル、タカラトミー、キャネット、ウェブライフ(OEM向けホームページ作成サービス)、山元紙包装社(パッケージショップJP)、ボンフォーム(ボンフォームオンラインストア)ほか9件
正規認証情報の悪用 53 ジーニー(「GENIEE MA」)、佐賀県医療センター好生館、CAMPFIRE、つくるAI(トグルホールディングスグループ)、SaveExpats、両毛システムズ、TENTIAL、中部電力ほか45件
機器・ソフトウェアの脆弱性 51 KDDI、デジタル庁(GSS)、あなぶきハウジングサービス、エフワン(オーダースーツ)、VOISING、シード・プランニング、日本医科大学武蔵小杉病院、TOKAIコミュニケーションズほか43件
設定・管理の不備 33 奈良女子大学、ソフツー(検証用サーバー)、生命保険協会、佐藤工業(建設工事作業所のNAS)、集英社、シミックヘルスケア・インスティテュート、神奈川県(過去に使用した8ドメイン)、2025年日本国際博覧会協会ほか25件
フィッシング・端末の乗っ取り 47 はてな、牧之原市立相良中学校、遠野市内のまちづくり協議会(名称は出典に記載なし)、長野県多文化共生相談センター、カインドオル、国立医薬品食品衛生研究所、ゼットン、学校法人宮崎日本大学学園ほか39件
委託先・外部サービス経由 11 コロナ、コープいしかわ(ギフトカタログオンラインショップの委託先)、レゴランド・ジャパン・ホテル、埼玉大学、さくらさくみらい、国際武道大学、モリテックスチール(システム開発の再委託先のサーバー)、UPSIDER(法人カード)ほか3件
人を欺く手口(送金・操作の誘導) 22 ZUU、山口市の法人(関連会社の社員が被害、名称非公表)、京都市中京区の貿易業の会社(社名非公表)、静岡市駿河区の介護施設(名称非公表)、ベルトラ(子会社リンクティビティ)、前橋市内の建設設備会社(社名非公表)、日本和装ホールディングス、ジェリービーンズグループほか14件
過負荷攻撃(DDoS) 6 カゴヤ・ジャパン、カゴヤ・ジャパン(KAGOYA CLOUD VPS)、KDDIウェブコミュニケーションズ、MCリテールエナジー(まちエネ)、ヘリ基地反対協議会、山梨県(県ホームページ)
脆弱性・外部接続機器(詳細未公表) 9 加賀ソルネット、佐嘉平川屋、フェース(フェースグループ)、ノストラム、アイサンテクノロジー、ワシントンホテル、白梅豊岡病院、ホワイトエッセンス(歯科衛生士転職サイト「メグリー」)ほか1件
ランサムウェア(侵入経路未公表) 42 日本テレネット、メディカ出版、YCC情報システム、コタ、ジェックス、ファイブフォックス、ホテルオークラ福岡、リゾナスフェイスクリニック東京ほか34件
原因未公表 143 EPARKリラク&エステ「PeakManager」、ポラリス・ホールディングス、Eストアー(ショップサーブ)、ムラウチドットコム、タイムズカー(パーク24)、アフラック生命保険、イエローハット(作業予約システム)、ファインズ(予約システム)ほか135件

「ライブラリの脆弱性の放置か、従業員端末への侵入か、実装起因の脆弱性か、認証情報の漏えいか」という問いに対し、本表は次のとおり答える。経路が公表された事案の中で最多は正規認証情報の悪用(53件)であり、機器・ソフトウェアの脆弱性(51件)、フィッシング・端末の乗っ取り(47件)、設定・管理の不備(33件)がこれに続く。情報漏えいに限定した集計では少数であったフィッシング・端末の乗っ取りは、対象を広げると主要な経路の一つとなる。偽の警告画面による遠隔操作と、メールアカウントの乗っ取りが、漏えいの公表としては現れにくいためである。

従来の対策が前提としてきた5条件の崩壊

公表事案の大半は防止可能であった。他方、従来の対策が暗黙の前提としてきた条件が成立しない局面が存在する。「既存の対策では防止できない」との認識は、この点に起因する。

前提1検知

侵入は早期に検知できる

ジェイアール東海髙島屋は、2015年9月以降の不正アクセスを2026年に公表した。さくらインターネットでは、不正アクセスが2023年4月から約3年にわたり継続した。Eストアーでは不正なプログラムが約2か月半にわたり稼働した。デジタル庁は検知から侵入の確定までに2週間、公表までに2か月半を要した。検知を前提とする運用は、検知に至らない期間の被害を防止しない。

前提2経路

攻撃は異常な通信として現れる

集英社では、不正に作成された特権アカウントが正規のAPIを反復して呼び出した。マネーフォワード、CAMPFIRE、中部電力は正規の認証情報を悪用された。いずれも記録上は正常な操作であり、脆弱性診断にも通信の遮断にも該当しない。

前提3範囲

自社を防御すれば足りる

YCC情報システムへの攻撃により、山形市の住民情報約55.8万件について漏えいの可能性が公表された。両毛システムズへの攻撃は、同社へ業務を委託するガス事業者と自治体へ波及した。Eストアーの基盤を利用する店舗、メディカ出版へ業務を委託した大学、CAMPFIREを利用した団体にも被害が及んだ。委託先および共通基盤に起因する被害は、自社の設定のみでは防止できない。

前提4被害

ランサムウェアの被害は業務停止にとどまる

あなぶきハウジングサービス、日本テレネット、メディカ出版、YCC情報システム、コタ、ジェックスは、いずれもランサムウェア攻撃により個人情報が漏えいし、または閲覧可能な状態となった。バックアップからの復旧は、窃取された情報を回収しない。

前提5侵入

攻撃はシステムへの侵入を伴う

経営者を装う送金指示22件は、いずれもシステムへの侵入を伴わない。はてなでは、警察関係者を名乗る電話とビデオ通話により担当者が遠隔操作を許し、約11.8億円が不正に送金された。偽の警告画面による遠隔操作23件も、職員自身の操作を起点とする。脆弱性診断と侵入検知は、これらの手口を対象としない。

AIを防御側で利用しても解消されない理由

攻撃側がAIを利用するのであれば防御側も利用すればよい、との考え方には限界がある。理由は次の4点である。

  1. AIの判定は再現性を保証しない。通過と遮断を決定する機構は、同一の入力に対し同一の結果を返す必要がある。確率的に動作するAIは、大量の検出結果を人が確認可能な量へ絞り込む用途には適するが、強制機構そのものには適さない。
  2. AIは指示とデータを確実には区別できない。これがプロンプトインジェクションの原因であり、防御側のAIにも等しく該当する。攻撃者が記述した文章を検査対象とする限り、当該文章により誤誘導される余地が残る。
  3. 検査のために提供した情報が、新たな漏えい経路となる。検出された認証情報の値や顧客データを外部のAIへ送信すれば、検査自体が情報の持出しとなる。
  4. 尤もらしい報告が、検査の代替となる。設定を記述したのみで有効化されていない、過去のデータを現状として報告する、といった結果を、人が検証せずに受領する危険がある。未導入よりも、導入済みとの誤認のほうが危険である。

国内で確認されたAIの利用

本稿に掲載した434件の当事者の発表に、攻撃者がAIを利用したとする記載はない。他方、警察庁は2026年に公表した2件の報告書において、攻撃または詐欺にAIが利用された国内の事例を記載している。以下に、誰がどのように述べたかを示す。

事案 AIの用途 述べた主体
複合カフェのアプリへの攻撃(2025年1月。会員情報の漏えい) 高校生が、攻撃プログラムの作成に生成AIを使用した 警察庁(令和7年の報告書)
動画配信サービスへの攻撃(2025年11月。約4万6,800アカウントの退会処理) 高校生が、自ら発見した脆弱性に対する自作の攻撃プログラムを、生成AIを用いて修正した 警察庁(令和8年上半期の報告書)
eSIM契約システムを悪用した回線の不正契約 自作プログラムの作成に生成AIを使用した 警察庁(令和7年の報告書)
フィッシングサイトの作成、パスワードリスト攻撃 サイトの作成と改修、攻撃用プログラムの作成に生成AIを使用した 警察庁(令和7年の報告書)
ランサムウェアの作成(2026年6月に逮捕。被害の記載はない) AIに出力させたソースコードを組み合わせて作成した 警察庁(令和8年上半期の報告書)
警察官を装う特殊詐欺 警察官役の顔をAIで生成した 警察庁(令和8年上半期の報告書)
海外の集団によるサポート詐欺 標的の特定、警告画面の作成、日本語への翻訳に生成AIを使用した 警察庁(令和7年の報告書)
北朝鮮の攻撃集団によるIT技術者を標的とした攻撃 オンライン面接において、AIによる顔画像交換ソフトを使用した 警察庁および国家サイバー統括室(2026年9月18日)
幹部を装う相手からの社員への接触 AIで合成した幹部の顔写真が使用された NTTデータの事業部長(報道向け説明会での説明。報道による)

企業のサービスが攻撃を受け、かつAIの利用が確認された事例は、上記の冒頭2件である。いずれも高校生による攻撃であり、起点は当該サービスの実装上の脆弱性であった。脆弱性の発見にAIを利用したとは、いずれの資料も述べていない。AIの用途は、攻撃プログラムを作成または修正する際の補助である。両事案とも当事者による最初の公表は2025年であるため、本稿の地図および一覧には含めていない。

企業への侵入およびランサムウェア被害については、状況が異なる。警察庁の令和8年上半期の報告書は、ランサムウェアの被害報告を半期として過去最多の123件と記載するが、同項および感染経路の統計に、攻撃者によるAIの利用に関する記述はない。JPCERT/CCが2026年に公表した注意喚起29件に、AIを利用した攻撃を主題とするものはない。情報処理推進機構(IPA)は「情報セキュリティ10大脅威2026」において、現状を「従来と変わらないサイバー攻撃がAIによって半自動化・高速化されているといったものに留まります」と記述している。

以上は「確認されていない」ことを示すものであり、「利用されていない」ことを示すものではない。攻撃者がAIを利用したか否かは、被害を受けた側の調査では通常判明しない。確認された事例が摘発事件に偏るのは、攻撃者の端末と供述を調べた場合に限り、利用の事実が明らかになるためである。

国内事例を確認できなかった手口

海外で報告が多い手口について、国内の被害事例と公的機関の注意喚起の有無を調査した。事例を確認できなかった手口は次のとおりである。これも、発生していないことを意味しない。

手口 国内の被害事例 国内の公的機関等による注意喚起
暗号資産の窃取 個人の被害2件を確認した(兵庫県警察の発表に関する報道)。交換業者からの2026年の流出は確認できなかった 警察庁の報告書に記載がある。国内の事業者からの窃取として挙げられているのは2024年の事案である
偽の認証画面によりコマンドを実行させる手口 感染に至った被害の公表は確認できなかった 静岡県警察が注意喚起。ESETは検出数の14%が日本であり国別で最多と報告
偽アプリ NTTドコモが、不正アプリに感染した端末を介した不正購入の被害発生を公表した NTTドコモ、PayPay、フィッシング対策協議会が注意喚起
悪性のブラウザ拡張機能 確認できなかった 確認できなかった
経営者の映像・音声を偽装した送金指示 確認できなかった。経営者を装う送金指示22件は、いずれもメールとSNSによるものである IPAに一般的な記述があるが、時期と事案は示されていない
ヘルプデスクを装う認証情報の再設定 確認できなかった 確認できなかった
AIエージェントおよびその接続機構の悪用 確認できなかった 警察庁、IPAが海外の報告を紹介。JPCERT/CCは、LLMと連携するソフトウェアの脆弱性を標的とする通信を観測

AIに特有の攻撃

以下は海外の調査報告で確認された攻撃である。同種の製品を利用する国内組織も対象となり得るため、参考として示す。

攻撃 仕組み 確認された内容 有効な対策
間接的プロンプトインジェクション AIが読み取る文章に指示を埋め込む。利用者の操作を要しない プルリクエストのコメントによりCI上のAIエージェントを操作し、認証情報を出力させる手法(2026年4月報告) 外部由来の文章を指示として解釈させない。AIの実行環境に本番の認証情報を配置しない
ツール接続機構の脆弱性 AIを外部ツールへ接続する部品が、受領した命令を検証せず実行する MCP対応の14製品超における任意コード実行(2026年5月) 接続先を許可済みのものに限定し、版を固定する
悪意あるAIスキル AIエージェントの拡張機能に、情報の持出しや不正な実行を埋め込む 約90万個の調査において3,000個超が悪意あり、約2万5,000個が不審(ESET、2025年12月から2026年5月) 公開直後のものを導入しない。導入前に内容を確認する
AIのAPIキーの窃取と転用 窃取したキーにより攻撃用の処理を実行する。費用は被害者が負担し、追跡も被害者へ向かう 窃取したキーを他組織への侵入に転用した集団を確認(Anthropic、2025年12月から2026年8月) キーをコードやファイルに配置しない。リポジトリを継続的に検査する

AIが変化させたのは侵入の起点ではなく、侵入後の速度であると各報告は示す。AnthropicおよびGoogleの報告は、攻撃側が検出済みのマルウェアを自動的に修正して再配布する事例を記録している。起点となる不備が従来と同一である以上、優先すべき対策も従来と同一である。

標的となりやすい12類型

434件を、業種や規模ではなく「侵入の起点」と「被害を拡大させた要因」により再分類した。1件が複数の類型に該当する場合がある。右上の数値は該当事案数である。各カードの末尾に、最初に確認すべき事項を示した。

放置22件

放置された外部参照と失効ドメイン

提供元が変わった外部スクリプトの参照を残していた12件と、使用を終えたドメインを第三者に取得された10件。自社のシステムは侵入されていないが、利用者には公式サイトの異変として現れる。

神奈川県2025年日本国際博覧会協会名古屋市宮崎県静岡県沖縄県東京都産業労働局インパクトフィールド東海大学ほか13件

最初に確認すべき事項外部から読み込むスクリプトと、過去に使用したドメインの一覧が存在するか。

踏み台35件

メールアカウントの乗っ取りと送信の踏み台化

教職員や社員のアカウント、メール配信基盤が乗っ取られ、迷惑メールやフィッシングメールの送信元とされる。大学と中小の事業者に多く、被害者であると同時に加害の経路となる。

佐賀県医療センター好生館ローソン博報堂奈良女子大学つくるAISaveExpatsTENTIAL国立医薬品食品衛生研究所日本大学ほか26件

最初に確認すべき事項全てのメールアカウントに多要素認証が適用され、大量送信を検知できるか。

誘導23件

偽の警告画面による遠隔操作

偽の警告画面から電話をかけさせ、職員自身に遠隔操作ソフトを導入させる。学校、自治体の出先機関、委託先の端末で発生し、端末内の名簿や口座が被害を受ける。

牧之原市立相良中学校遠野市内のまちづくり協議会学校法人宮崎日本大学学園エスケーアイマネージメント学校法人杏林学園大阪市四街道市防犯協会高知市立神田小学校藤田医科大学病院ほか14件

最初に確認すべき事項利用者の権限で、未承認の遠隔操作ソフトを導入・実行できない設定となっているか。

送金22件

経営者を装う送金指示

代表者を名乗るメールからSNSのグループへ誘導し、担当者に送金を指示する。システムへの侵入を伴わない。22件のうち19件で金銭の被害が生じ、地方の中小企業と福祉法人が多い。

ZUU山口市の法人京都市中京区の貿易業の会社静岡市駿河区の介護施設ベルトラ前橋市内の建設設備会社日本和装ホールディングスジェリービーンズグループ岐阜市の機械小売会社ほか13件

最初に確認すべき事項送金と振込先の変更について、依頼とは別の経路で本人に確認する手順が存在するか。

認証53件

正規認証情報の悪用

流出、使い回し、推測された認証情報により、正面から侵入される。記録上は正常なログインであり、多要素認証を欠く場合は検知が困難である。会員サイトへのリスト型攻撃と、リポジトリやクラウドの認証キーの流出を含む。

ジーニー佐賀県医療センター好生館CAMPFIREつくるAISaveExpats両毛システムズTENTIAL中部電力マネーフォワードほか44件

最初に確認すべき事項全ての管理者アカウントと外部から到達可能なサービスに、多要素認証が適用されているか。

更新60件

機器・ソフトウェアの脆弱性

VPN機器、ネットワーク機器、CMSとそのプラグイン、第三者製ソフトウェア。更新の通知が届かず、公開済み修正が未適用のまま残存する。脆弱性の所在や修正の有無を公表しない事案が多く、判定不能の過半を占める。

KDDIデジタル庁あなぶきハウジングサービスエフワンVOISING加賀ソルネットシード・プランニング日本医科大学武蔵小杉病院TOKAIコミュニケーションズほか51件

最初に確認すべき事項外部に面した機器とソフトウェアの一覧と、各々の最終更新日を即答できるか。

実装17件

自社実装の認証・認可・入力処理

ファイルのアップロード、管理画面のログイン、APIの認可、登録情報の更新。依存ライブラリの検査では検出されない、自社コードの欠陥である。

Gyazo2りんかんイエローハットディライトフルタカラトミーキャネットウェブライフ山元紙包装社ボンフォームチューリッヒ保険会社ほか8件

最初に確認すべき事項依存ライブラリではなく、自社のコードと設定を対象とする診断を実施した時期。

侵害67件

ランサムウェア

暗号化による業務停止に加え、情報が窃取される。67件のうち19件は情報漏えいを主たる被害とする。侵入経路が公表されない事案が多く、公表まで数か月を要する例もある。

日本テレネットメディカ出版YCC情報システムエフワン両毛システムズシード・プランニング日本医科大学武蔵小杉病院コタジェックスほか58件

最初に確認すべき事項復旧手順とは別に、窃取された場合の影響範囲を特定できる台帳が存在するか。

供給網36件

委託先および共通基盤

業務委託先、ECカート、予約基盤、メール配信、クラウドサービス。1社への侵入が、当該基盤を利用する多数の組織へ波及する。委託元は検知も調査も委託先に依存する。

ディライトフルコープやまぐちエフワンシード・プランニングマイナビコロナザイナス石川コンピュータ・センター福知山産業支援センターほか27件

最初に確認すべき事項委託先へ提供しているデータの種類と件数を即答できるか。

決済23件

通販サイトの改ざんとカード情報

通販サイトの決済画面や申込フォームが改ざんされ、入力されたカード情報が窃取される。カード会社からの連絡により発覚する例が多く、脆弱性の所在は公表されないことが多い。

コープやまぐちマイナビK9ナチュラルジャパン佐嘉平川屋シー・コネクト山元紙包装社ニッタイ工業ボンフォームファインほか14件

最初に確認すべき事項決済画面を構成するファイルの改ざんを検知する仕組みが存在するか。

データ9件

変更不能なデータの保持

本人確認書類の画像、マイナンバー、健康情報、診療・手術の記録、通話音声、平文のパスワード。漏えい後に本人が変更できない、または変更の負担が大きい。

タイムズカー日本原子力研究開発機構YCC情報システムアフラック生命保険KDDIロート製薬ニチレイ九州大学白梅豊岡病院

最初に確認すべき事項確認済みの本人確認書類の画像と、退会者のデータを削除しているか。

運用8件

検知から特定・公表までの空白

10年以上検知されなかった例、約3年にわたり不正アクセスが継続した例、不正なプログラムが約2か月半稼働した例がある。流出内容を特定する台帳を欠く場合、通知も遅延する。

ジェイアール東海髙島屋さくらインターネットEストアーデジタル庁ムラウチドットコム日本原子力研究開発機構小田原エンジニアリングニチレイ

最初に確認すべき事項異常を検知した担当者が、その場で遮断する権限と手順を有しているか。

対策の優先順位

AIへの対策を追加する前に、基本的な不備を解消すべきである。防止可能性を判定できた164件のうち、防止困難と評価した事案は2件であった。優先順位は次のとおりである。

  1. 外部から到達可能な画面と機器を一覧化する。主力以外のものを優先して点検する。
  2. 全ての管理者アカウントとメールアカウントに多要素認証を適用し、認証情報に有効期限を設定する。
  3. 送金と振込先の変更は、依頼とは別の経路で本人に確認し、複数人で承認する。
  4. 利用者の権限で遠隔操作ソフトを導入できない設定とし、警告画面が表示された場合の連絡先を定める。
  5. 外部から読み込むスクリプトと、使用を終えたドメインおよびシステムを棚卸しする。
  6. 保持不要なデータを削除する。確認済みの本人確認書類、退会者のデータ、使用を終了したシステムから着手する。
  7. リポジトリ、ファイル、端末から、期限のない認証情報と顧客の実データを排除する。
  8. 外部に面した機器とソフトウェアに公開済み修正を適用する。悪用が確認されている脆弱性を優先する。
  9. 委託先へ提供するデータを最小化し、提供内容を台帳に記録する。
  10. 単一アカウントによる大量取得と大量送信を検知し、検知した担当者が即時に遮断できる体制を整備する。

出典

各事案の出典は、当事者の発表を優先した。434件のうち22件は報道を出典としており、当事者の発表を確認でき次第差し替える。

各事案の出典を表示する(434件)

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